明治-昭和初期(戦前)と現在の市町村制
冬期は閉鎖される林道で、原則として通行可能期間は5月25日から11月15日までである。ここからは、笹内川の原生林の向こうに雄大な白神岳と向白神岳の姿を臨むことができる。一ツ森峠から林道沿いに降りて少し行くと、林道左わきに湧水がある。パイプから流れる水は冷たくまろやかで美味しい。
古来、「六戸」という地名は、単独の村の呼称ではなく、現六戸町域以外のおいらせ町や三沢市南部も含めた、奥入瀬川流域一帯を指した呼称であったという説がある。平成の大合併において、下田町・百石町との合併を目指し合併協議会を設立したが、特例債の運用方針を巡り対立し、離脱した。これをうけて、町内の合併賛成派と反対派の対立により、町長のリコール及び出直し町長選が行われたが、結局反対派が勝利し、単独町制が存続された。
*かつては上北町に上北警察署が配置していた。六ヶ所村は、青森県の下北半島太平洋岸に位置する村である。原子燃料サイクル施設などの原子力施設の他、国家石油備蓄基地や、やませを利用した風力発電基地等、エネルギー関連施設が集中している。ITERの建設候補地として誘致を推進していたが、カダラッシュに建設されることが決定した。
1950年、北海道を開発するため、調査・立案及び実施に関する事務を担当する北海道開発庁が総理府の外局として設置された。北海道内には北海道開発局と各地方に開発建設部が置かれ、開発の任に当った。第二次世界大戦の復員兵や、旧植民地からの帰還者の受け入れ先として北海道が注目され、人口が急増した。戦後復興と高度経済成長期の初めは、北海道産の石炭が重宝され、多くの炭鉱労働者が北海道で暮らしたが、1960年代に石油へのエネルギー転換が起こり、1980年代までにほとんどの炭鉱が閉山された。これに伴い、不要になった鉄道が相次いで廃止され、市民生活の自動車化が推し進められた。道路網の整備が行われ、道央自動車道を初めとする高速道路が建設された。他の都府県は直轄国道以外の整備補修を自ら行うのに対し、北海道は全ての国道を国が管理した。2001年の中央省庁再編により、北海道開発庁は統合され、国土交通省北海道局となった。それに伴い、北海道開発局は国土交通省の地方支分部局となった。北海道内総生産の産業別構成比は、第1次産業が3.3%、第2次産業が22.4%、第3次産業が76.7%である。全国と比べて第1次産業、第3次産業の比率が高く、第2次産業、特に製造業の比率が小さい。